導入部の二人の手紙は、一方は自分の正直な気持を告げ、一方は仕事上の敬意のみを示して、さりげなく二人の関係を明かしている。
二十年間のダーリントン邸でのできごとが、執事の回想の形で描かれるのだが、ダーリントン卿が死の間際に「相手を信じすぎた自分が間違っていた」と、ナチスに利用された自分の非を認めたように、スティーヴンスも"自分の過ちを正したくて"ケントンの所に向かうのである。
雇い主にあくまでも忠実に仕えるのが執事の職分と信じ、徹底して「私」を封じ込め執事として生きることに誇りを抱いていたのがスティーヴンスだ。
だからケソトンのプライベートな好意に動揺し、個人として対応する場面で、執事のプライドを優先させてしまったのだ。
プライドの質こそ問題なのを、男が気づくのはいつも遅い。